完全なツイ友で、相手の顔も知らないし、話したこともないし、電話番号も知らない。
数年前からツイ友で、なぜ会話するようになったのか、キッカケさえ忘れてしまった。
その主婦は、ときどき嫌韓発言をすることを知っていた。
私も韓国が嫌いだが、それは自分の父親が韓国人ホステスにだまされて会社が破産して実家を失った、という過去があるためで、そんな韓国人ホステスに騙されるバカな父親のほうにも責があったと言える。
韓国人ホステスに対する“逆恨み”みたいなものだが、それでも今、現実に自分が苦労してる理由の一つであることに変わりはない。
自分自身、韓国バーに行ったことがあるが、正直つまらなかった。
あれで、1万5千円もとられて、全然つまらなくて、金のムダだと思った。
話を戻すと、ときどき嫌韓発言をしていたその主婦は、都知事選のときに田母神俊雄候補支持をツイートしていて驚いた。
嫌韓は知っていたが、「日本は核武装せよ」などと発言する田母神俊雄候補を支持するなんて、どうかしてる。
■日本核武装計画
だからといって、これから先、その主婦に対して自分が態度を変えることはないし、私が細川護熙候補を応援していたからといって、その主婦が私に対して態度を変えることもないだろう。
どんな相手にせよ、相手に対して100%の同意を得ることなど不可能だ。
仕事の同僚でも、友人でも、恋人でも、夫婦でも、家族でも、何かしら意見の食い違う部分はある。
違う人間なのだから、意見の食い違いが見られるのは当然だ。
そんなことに、いちいち目くじらを立てていたらキリがない。
もしも、自分の周りをイエスマンだけで固めて“お山の大将”を気取っているとしたら、そちらのほうが問題ある。
自分の周りを太鼓持ちだけで固めていたら、間違った行いをしても、誰も批判する者はなく、自分の間違いに気づかない。
それでは、自分が衰退・退化していくだけだ。
間違いを指摘してくれるのが、本当の友人だと思う。
