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2013年12月06日

恋愛のおもひで

小中高といじめられた。

恋愛のおもひで・日記

苛められた理由は、ごくつまらないことで、自分自身の肉体的欠陥に因るものだった。
それが理由で恋愛もうまくいかなかった。

いつもどこでも集団に馴染めなくて、人間不信に陥った。

自分のことが、ずっと嫌いだった。会った誰からも必ず嫌われる自分をどうして好きになれるだろう?

大学に進むとき、1年浪人した。そのときの毎日が楽しくて仕方なかった。
学校へ行かなくても良いこと、クラスメートに会わずに済むこと、一人でいることが寂しいよりも楽しかった。

よく考えてみれば、学校でも友達がいなくて孤独だった。そして苛められる毎日で、いつもマイナスの日々を送っていた。

浪人して一人になったら、苛められなくなった。孤独であることは、学校にいても同じだったから、苛められなくなった分だけプラスになったと言える。

浪人はニートと、殆ど変わりない。人生においてはゼロの状態だ。だが、マイナスからゼロになれば、そのぶんだけプラスだ。だから嬉しかったのだと思う。

プラスの人生とは、どんなものだろう?
自分で働いて収入を得て、持ち家と車を持っていて、奥さんと子供のいる生活かな?

集団に馴染めない=集団から拒絶される醜い自分にプラスの人生なんて望みようがない。

その事実に気付くのが遅かった。

自分の外見の醜い部分は、何度か手術を繰り返して治した。
そうしたら、友達が出来るようになった。
でもまた、醜い自分に戻ったら友達は離れていくのだろうか?まだ人間不信は治らない。

苛められてばかりきた自分に、楽しい思い出は殆どない。嫌な思い出ばかりだ。

好きな女の子と一緒に過ごした時間は楽しい思い出の筈なのに、その女の子を嫌いになった途端に、それまで楽しかった筈の一緒に過ごした思い出が、グロテスクでおぞましい、唾棄(だき)したいモノへと急変してしまう。

楽しかった筈の思い出が、失恋した途端に鼻をかんだティッシュのゴミ屑のように無価値な記憶へと変貌してしまう。もはや何の価値もない。

というか、一緒に過ごした思い出の価値が、台所の三角コーナーの生ゴミと同レベル。

あんな嫌な奴と一緒にいた思い出が楽しい訳もなく、記憶の引き出しに入れて鍵をかけて封印するしかない。

思い出しても、嫌なだけで時間の無駄だからだ。

結果的に、自分の人生には楽しい思い出が殆どない。
タグ:恋愛 日記
posted by ガンダルフ at 02:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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